備忘録
【レースを終えて分析と説明】
 
今回は100%猛暑の大会となる!
この夏は一層の暑熱対策に取り組んできた。
 
元々暑さには強い?好きであり暑いほど有利になると暗示していた・・・
ここに集まる猛者たちに太刀打ちできるのはこの部分しかない。スイムとバイクを今ある最高の力を発揮してもそこそこの位置になるだろう。そこからのラン一点で大逆転しか世界で勝つにはない。ランコースもそれに見合う過酷なコース、過酷であればあるほど分がある!
 
現地に入ってまさにその通りだった。日差しが体の中心まで突き刺すような痛さを伴い、やってみなければわからないあきらめなかったものが耐えられるハードなバイク&ランコース!
 
そんな状況が変わり始めたのは前日のバイク預託の15時辺りから。ここにきて見なかった雲がでて日差しが緩み風が吹きだした。雨は降らない地域だと聞いていたが降水量が表示されだす。
 
朝起きてウォーミングアップでランニングに出かけたが涼しい…スポーツ現場においては好コンディションだ、多くの選手にとっては…
 
スイム1.9km
スイムにはウエットスーツは着用禁止、普段取り組んでいるトライアスロンとは真逆のルール。逆にウエットスーツが着用できる水温に近かった…ということは私には低い温度。
案の定後半は冷えて動きにくくなっていたが、世界の選手に浮力のない重い体で食らいついた。このシリーズの知識経験不足がスイムスーツ(浮力はないが保温と水の流れをよくするウエア)を準備していなかったこと。
 
しまったな〜正直思った。判断が早ければメイン会場で購入できた。また、トランジットバッグの前日預けきることも経験不足。(当日中身を確認することもできない)
 
バイク90km
30㎞(1/3)辺りで雷雨から雹に変わる。痛いわ寒いわ危ないわ・・・下り90度のコーナーで攻め過ぎて危うく・・・思い出すとゾッとするが何とか交わせた。
 
ラン21km
入りからとにかく苦しかった。後で分かったことだが酸素が回らず脈拍200で序盤入っている。登りだから仕方がない、いつか楽になる・・・我慢していたがますますきつくなり12キロでは足を止めた。
肩から先、臀部から下にしびれと硬直が始まる。
歩いてもハードランの心拍数(グラフ横の心拍)
この時、『ゴールできないかもしれない』とよぎった。
酸素が回らない状態と、エネルギーの枯渇で進もうとすればするほどきついわけだ。
意識はしっかりしている中で危機感を感じたのは初めて。ゴールで待っている妻や日の丸へしたためた名前の人たち、応援してくれている人の顔が浮かんだ。
 
『とにかくゴールへ行かなくては、歩いてでも…』
 
割り切ったが足が動かない。シューズを脱いでみたり深呼吸したり、懸命にゴールを目指すときの残り4㎞は果てしなく遠く感じた。
『ナイスウォーク!』と観客なりに励ましてくれたが、とにかく長かった。最後の2㎞の下り。勢いをつけてラスト1㎞を走ったが苦しかった。(心拍180以上)
 
日の丸を手渡すために待ってくれていた地元の宣教師たちは、予定より1時間以上も遅く帰ってきたのに笑顔でいてくれた。日の丸をつかみ最後のウインイングロードへ
 
途中から『勝つとか負けるとか関係なくなった』とき、とにかくゴール、フィニッシュしなければ…
それだけを考えた世界選手権に変わっていた。
 
順位なんてどうでもよかった…
今まで当たり前だったゴールが、こんなにも嬉しいゴールに変わるなんて。
 
これで私の世界選手権は終わり。
 
多くの想いを背負え、堂々と準備し戦ってきたこと。
 
これが今後の生き方のセンターピンになるのだろうと今、想う。
 
応援 本当にありがとうございました。
 
プロマインドトライアスリート
福元テツロー